したたかさと純情
強くなくては生きていけない。優しくなければ生きる資格がない。これはレイモンドチャンドラーの小説(プレイバック)の中のフィリップマウローのセリフだが、私の最も好きな言葉の一つである。経営をしていると、理想と現実の折り合いに悩むことが多く、その為か悩みを癒やしてくれる言葉を本の中に探す習性がいつの間に身についてしまった。先日も考古学の偉人シュリーマンの伝記をつい夜更かしして読み通してみた。7才の時、牧師の父親からホメロスの神話を聞き、神話の中の伝説の都市トロイに魅せられたドイツ人シュリーマンは、人々の嘲笑にもめげず、その実在を信じ、その発見を夢見続けたのである。そして、47才の時、艱難辛苦の末に、ついにトルコのヒッサルリクの丘にかつて実在した町としてトロイの遺跡の発掘に成功したのだった。彼は発掘にかかる膨大な資金を得るために自ら商人となり、かなりシビアな商いもして巨万の富を稼ぐと、商いの全てを清算し、蓄積した全ての資金を、その身と共に遺跡発掘に惜しげも無く投入したのである。彼の最初の妻は気でも触れたのかと驚いて彼の元を去り、次の妻は彼を信じ続けて生涯を共にする。ロマンチストの情熱と商人の現実主義、不屈の精神力を見せてくれたシュリーマンの物語は我々に夢を持ち続ける一途な「純情」さとその夢を実現に導いた「したたかさ」との不可分の関係を教えているようで心励まされるのである。
渕辺俊一著