良寛は江戸時代後期、越後国に大庄屋の長男として生を受けたが家業を継がず、18才の時に突然家出する。その後円通寺の国仙和尚のもとで修行をし、国仙の死を機に34才の時に放浪の旅に出る。
そして48才の時ふるさとに帰ってくるが生家には寄らず、国上山の五合庵と名付けた粗末な小屋に住む。生涯寺を持たず、説教もせず、子供達と遊び、詩を詠み、書に親しむ風狂を生きた良寛には人柄を偲ばせる逸話が多く残されている。
その一つ。良寛の弟の由之には悩みがあった。それは庄屋の跡取りの長男、馬乃助が放蕩の限りを尽くし手に負えないということであった。高名な人物達の説得も効果がなく困り果てた弟は、兄の良寛に救いを求めた。良寛は生家に三日間滞在したが特に何をする訳でもなかった。
しかし、良寛が帰った後奇跡が起こった。あの馬乃助が人が変わったように真面目になったのだ。由之は馬乃助に聞いた。おじさんは何を言ったか?
おじさんは何も言わなかった。ただ元気にしているかとだけ言った。そして帰ると言うのでおじさんのわらじを揃えようとしたら手に水滴が落ちてきた、見上げるとおじさんが目に一杯涙をためていた。瞬間、自分は、このおじさんだけが自分のことを深く心配しているという思いが胸にこみあげてきた。そして、おじさんの為にも変わらなければならないと思った。
弟は兄の良寛に聞いた。何故泣いたのか?
自分も馬乃助の年頃家を捨て親不孝をした。その私がどうして馬乃助を諭せようか?ただ、馬乃助を見ていると彼の孤独が伝わってきて不憫でならなかった。だから、つい不覚にも涙を流してしまったのだと。