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はじめに

ある朝、こんな新聞記事が目に止まった。(パソコン操り、米国防総省”侵入”イスラエルの天才少年・・・機密情報を盗む。)

イスラエル警察は、自宅においたパソコンを操作して、米国防総省のコンピュータから機密情報を取り出していた、18才のイスラエル少年を盗みの疑いで逮捕した。少年がペンタゴンの情報を盗っていたのは、ちょうど湾岸戦争の時期だったという。 この少年は米国のクレジットカードの顧客情報を蓄えるコンピュータにも侵入して、カード所有者の名前・カード番号などを手に入れていた。米国にいるコンピュータマニアの仲間が、少年が入手したクレジットカード顧客情報を悪用して、他人のカードで買物をしていたのが最近発覚し、そこから、仲間内で天才と呼ばれるこのハッカー少年の存在が浮かび上がった。 この天才少年はさらに、イスラエルの電話会社のコンピュータを自分のパソコンから動かして、いくら国際電話を掛けても請求が0になるソフトの開発にも成功していたという。

本文の冒頭にもこの記事を掲載したのは、この事件が、まさに通信技術とコンピュータの融合(以下コンピュータネットワークと呼ぶ)によって、初めて可能となった典型的な事件であり、未来社会の一面を良くも悪くも象徴していたからである。 この事件に限らず、ネットワークを使ったこの種の事件は世界中で頻発している。自己増殖するコンピュータウイルスをプログラムして、居ならがにして世界中のコンピュータを危険にさらす等、一昔前では考えられなかった事が現実になっているのである。

もちろん、こうした悪の可能性は、善の可能性でもある。 今や人類は頭脳の拡張機としてコンピュータを、神経系の替わりに通信網を、筋肉や感覚器の延長としてロボットやセンサーを使って、人類の影響力を限りなく増大させつつある。頭という空間と、寿命という時間に拘束されている人間の頭脳と異なり、そうした拘束を持たないコンピュータには、情報は限りなく蓄積していく。また性能にしても、分子レベルの素子の開発と設計原理の研究が、人間顔負けの知的さを備えたコンピュータと通信網(インテリジェントネットワーク)の出現を可能にするだろう。 その結果、やがてコンピュータは人手を介さずに一人歩きを始める筈である。 自らの原理で学習し、成長していくコンピュータの登場である。その様な時代を迎えた時、我々は、この様な世界の全体像を理解し把握できるのだろうか?巨大なブラックボックスと化したコンピュータネットワークが創造する世界は、人類にどの様な変化をもたらすのだろうか? 通信とコンピュータが高度に融合した高度情報化社会は、私達の目の前に、その全容のほんの一部を表したばかりである。果して本当の姿はどうなるのか、誰も確信をもって予測できる者はいない。なぜなら、それは、我々人類が一体どこへ向うのかという問題でもあるからだ。コンピュータネットワークの発展は人類の未来をどう彩るのか、そしてその未来社会は我々にどの様な価値変容をもたらし、我々のライフスタイルはどの様に変わるのか、以下に述べてみる。 まず未来社会における代表的な風景を二つ描いた上で、その様な社会は、どの様な変革をもたらすのか、5つのテーマに絞って観察してみた。また、後半の沖縄の未来の頃では、沖縄はこうあって欲しいという提言を述べ、空想的未来社会の頃では、まさにSF的空想を述べた。本文の要所に仮説を立てているが、正直いって実証不十分で独断のそしりを免れない事は覚悟している。ご容赦願いたい。

渕辺俊一著