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狸の穴

ジャスコの階段を下りながらこう考えた。「智に働けば、腹が立つ。 情に棹させば、騙される。意地を通せば、災難だ。(?)とかく、この世は住みにくい。」 住みにくければ、世捨て人になればよかろう。しかし、世捨て人の生活はもっと厳しかろう。 こうして迷った漱石は、重い胃病を患ったが、私は定年になるや、その世捨て人を余儀なくされた。 世捨て人になって気づいたことがある。

それは、私が気にするほど世間は私を気にしないという事である。 それは全く当たり前の話なのだが、人は、当たり前のことが悟れないのだ。

今までの事は、まるで狸の穴で居もしない木の葉の観衆を前に一人芝居をしていた様なものである。 これを悟った以上、遅くはない。私は生き方を変える。 世間が私をどう思うかではなく、私が世間をどう思うかであり、また、犯した過ちを悔いるのではなく、したくても世間を気にして出来なかった事に思いを馳せよう。 哀しい話を聞いた。一人暮らしの孤独な初老の男が体調を崩し入院した。 彼を診察した医者が彼に言った。 (あなたは、このままでは右半身が麻痺する可能性があります。)と、この男は、それからというもの 起きている時も寝る時も、自分のアソコを左に寄せていたそうである。 私は、この男を笑うことができない。 (本当は大笑いしたいけど) 何故なら、私も彼のすぐ隣にいるからである。 そこまで考えたところで、私はジャスコの巨大なフロアーに出た。

渕辺俊一著