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イメージの限界

新聞紙を273回折ったらどれぐらいの厚みになるだろう? ただし、1回折ったら2ミリになり、2回で4ミリと倍々の厚みになるものとする。 実際にはすぐ折れなくなるのだが、この場合は最後まで折れるものと仮定する。

この質問を一般の人に投げかけると、その答えは大抵、10メートルから東京タワーまでの高さに集中する。 たまに富士山の高さぐらいという答えが返ってくるが稀である。

実際は、何と地球からほぼ冥王星までの高さになる。 冥王星は、最近その外側に新しい10番目の惑星が見つかったようであるが、それまでは太陽系の最も端にあった星である。 ちなみに地球から冥王星までの距離は光の早さで5時間かかる。光は秒速30万キロだから54億キロメートルの距離となる。 富士山どころの話ではない。 我々はこのように我々の感覚を超えるものを正確にイメージで捉える事が出来ない。

前号で紹介したエール大学の残虐性に関する実験の結果が、精神科医など専門家のグループの予測を裏切って予想値の数百倍もの高い数値を示したのも、 例えプロであっても、如何に人間のイメージがあてにならないかを如実に示している。 こういう事実が教える重要な教訓がある。 それは、物事を科学する姿勢が如何に大切であるかという事である。 冒頭の新聞紙の厚みの問題も、数学の公式一つで難なく解けるし、人間の残虐性についても実験で理解する事が出来る。 こうして出てきた答えが例え受け入れ難いものであったとしても、それが真実なのだ。 経験が教える唯一の事は、経験は何も教えないという警句が今ほど真実味を持って語られる時代はない。 それだけ時代の変化が激しいからこそ、この科学する心が光ってくるのだと思う。

かつてドイツの表現派の巨匠フィリッツ・ラングは1926年、当時から100年後の世界、 つまり2026年の大都会を舞台に支配者と民衆の対立を描いたSF映画メトロポリスを発表して大好評を得た。 その映画の中で2026年の未来社会を象徴するシーンとして林立するビルの上空を飛行機が飛んでいたが、それは何と第二次世界大戦前に見られた2枚翼の旧式のものだった。 イメージ力の権化である偉大な作家をしても、科学の足場がない以上こんなものである。

渕辺俊一著